下等遊民の妄言

主語でかい

「葛藤」という言葉

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 葛藤という語を辞書で引いてみると、「カズラ」と「フジ」のことで、枝がもつれるように絡まることから、1)人と人が互いに譲らず対立し、いがみ合うこと。2)心の中に相反する動機・欲求・感情などが存在し、そのいずれをとるか迷うことーーという説明がある。

 

 時事通信のサイトで「葛藤」を検索すると、一番上には卓球の福原愛選手の記事で、「苦悩と葛藤が続いた日々だった」という記事が出る。次はリオ五輪の柔道の話題で井上監督が高藤選手について、「負けた後はショックや怖さ、いろいろな葛藤があるが、(銅メダルに向けて)自分自身を奮い立たせていた」と紹介するコメントがある。

 

 そしていくつかの記事が続き、7番目の記事は参院選自民党が圧勝したことに対する韓国の反応を紹介するもので、韓国紙・東亜日報の社説を引用し、改憲を無理に押し切れば、北東アジアに深刻な葛藤をもたらしかねない」という形で「葛藤」が使われている。

 

 上の辞書上の意味で言えば、東亜日報以外は2)の「心の中に相反する動機・欲求・感情」の意味で使われているが、韓国の記事では1)の「人と人の対立」の意味で使われている。

 

 日本のニュースなどで「葛藤」という言葉が使われるのは、ほとんどが「個人の内面」に関するもので、ときおり、集団における葛藤が使われる場合であっても、「国」とか「地域」とか一つのカテゴリーの中におけるそれぞれの人達の相反する心の動きを指している場合がほとんどで、日本のニュース記事では、「日本と中国の葛藤」というような、単純な集団同士の対立という意味では使われていない。

 

 例えばいま韓国は、THAADを配備するか否かでもめているが、韓国政府が「設置しないと北朝鮮が攻撃してきたときヤバイ、でも設置したら中国が怒るし、でもアメリカは配備しろって言うし、でもな、どうしようかな」という葛藤があるのだが、これについては葛藤という語を使わず、「THAAD問題で韓国と中国に葛藤がある」、という使い方をする。

 

 個人の内面における相反する感情のようなものについて、韓国語では「葛藤」を使わず、「苦悩」「苦悶」のような言葉を使っている。

 

 何が言いたいのかというと、日本語を学んでいる韓国語話者や、韓国語を日本語に訳すことがある日本語話者は、韓国語の「葛藤」、つまり<갈들>という語が出てきても、すぐに「葛藤」と置き換えずに、「対立」なのか、「摩擦」なのか、よく考える必要があるということだ。