下等遊民の妄言

主語でかい

生き物をプレゼントする場面を見て思ったことなど

今日もdTVで韓国ドラマを見ていたのだけど、主人公の男が、好きな女に犬をプレゼントしようとする場面があった。1997年を舞台にしたドラマだけど、放送されたのは2012年で比較的新しいドラマであるにもかかわらず、ということになる。

 

犬や猫をプレゼントする行為は日本でもあると思われるが、このドラマでは高校3年生が大学受験が終わったことを記念して贈るもので、収入のある大人が、やはり収入のある大人に贈るものではなかった。

 

韓国でちょっと動物保護の活動にかかわっていたことがあって、その際に経験したことだが、捨て犬や捨て猫の里親を探そうとすると、韓国では名乗り出る人が意外と多く、希望者が複数になることがある。

 

だが、よく考えずに早い者勝ちみたいにすると、すぐに「やっぱりいらない」とか「もう死んじゃった」とか「人にくれてやった」とかそんな結果を聞くことになる。

 

だから里親探しはその人の動物を飼っていた経験、家族構成、今後の変化の予定(結婚、妊娠など)を聞いて、さらに数カ月後に確認をするくらいの手順が必要になる。

 

もちろん、日本のペットを巡る状況も褒められたようなもんじゃないけど、高校生が誰に相談するでもなく、サプライズのプレゼントとして犬を贈るような感覚はないだろうし、その行為に問題があることと感じるのが普通だと思う。

 

女の子は犬をもらって嬉しいだろうけど、犬を飼うことで生じる弊害や支出、制約などについてはまったく考慮されておらず、もちろん、犬の気持ちなんてものはまったく考えられていない。

 

話が大きくなるが、韓国にいると、「人が先だ」みたいなことをよく言われる。動物のためになにか支障があると、それを咎められて、「動物のことよりも、人のことを優先するべき」と言われるのだ。もちろん、それはある意味では正しいのだろうけど、「人が先」というのは「身内が先」につながり、「韓国人が先」にもなり、もっと言えば「健常者が先」になり、「金持ちが先」となっていく。こういうカテゴライズというか、選別意識というか、自他の区別というか、そういう意識がすごいなあ、と思う場面が韓国ではよくあった。そりゃ、人によって違うんだろうけどね。

 

だから韓国人にとって「日本人」というのは「北朝鮮人」や「中国人」よりもずっと遠いところにあるわけだから、優先順位は最下位に近いところにあるのだと思う。犬の気持ちを考えないように、日本人の気持ちだってほとんど考えないんだと思う。

 

こんなことは改めて指定するまでもなく、よく「ウリ」と「ナム」なんて言葉で説明されるのだけどね。